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神戸地方裁判所 平成4年(ワ)1882号 判決

原告

株式会社ヤマオカ

右代表者代表取締役

岡邊博昭

右訴訟代理人弁護士

古賀徹

被告

右代表者法務大臣

中井洽

右指定代理人

島田睦史

外七名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二〇七〇万五八〇〇円及びこれに対する平成四年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、フランスよりバリケン(中南米産のノバリケンをフランスで繁殖させたもの)の冷凍胸肉(以下「本件物件」という。)を、別紙の「輸入許可日」欄記載の年月日(以下「本件輸入許可日」という。)に、別紙の「神戸税関(支所名)」欄記載の税関の輸入許可を受けて輸入した。

2  原告は、右輸入に際し、輸入関税の税率について事前教示を求めたところ、本件物件は関税定率法に基づく関税定率表(以下「別表」という。)の第二分類第七項第四三目第一号(以下「〇二・〇七・四三(一)」という。)の「あひるのもの」に該当し、一〇パーセントの関税が課せられるとの事前教示回答がなされた。

3  原告は、右事前教示回答に従い、関税の申告を行い、本件輸入許可日に、別紙の「関税額」欄記載の金額(以下「本件関税」という。)をそれぞれ納付した。

4  しかしながら、「あひる」は、鳥類学上は「まがも」を原種とするものであり、バリケンとは別属である。別表の第二分類第七項(以下「〇二・〇七項」という。)では、「第〇一・〇五項の家きんのもの」を適用区分として規定している。そして、〇一・〇五項では「家きん(鶏(ガルルス・ドメスティクス)、あひる、がちょう、七面鳥及びほろほろ鳥で、生きているものに限る。)」と規定しているが、「あひる」に関しては特にバリケンを含む規定はなく、本件物件を「あひる」の肉として課税することはできない。

したがって、本件物件は関税定率表第二分類第八項第九〇目第四号に該当し、無税とされるべきものである。

5  原告は、課税すべきでない物を課税されるものと誤信して申告したのであるから、その申告行為には重大かつ明白な瑕疵があり、原告の関税の申告及び納税は無効である。

また、仮に瑕疵が明白でないとしても、課税処分に関する無効原因は第三者に影響するものではないので、瑕疵の明白性は不要であり、重大な瑕疵があればその申告行為は無効となるので、原告の関税の申告及び納税は無効である。

6  よって原告は、被告に対し、誤って納付した本件関税の合計二〇七〇万五八〇〇円の返還と右金員に対する訴状送達の日の翌日である平成四年一一月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、本件物件が、中南米産のノバリケンをフランスで繁殖させたものであることは不知、その余の事実は認める。

2  請求原因2の事実のうち、原告が、別紙番号欄一九ないし二一記載の各輸入に関して事前教示を求めたこと、これに対し、右記載に係る本件物件が別表の〇二・〇七・四三(一)に定める「あひるのもの」に該当し一〇パーセントの関税が課せられるとの事前教示回答がされたことは認めるが、その余の事実は否認する。別紙番号欄一ないし一八記載の各輸入に際して、原告が事前教示を求めた事実はない。

3  請求原因3の事実のうち、原告が本件輸入許可日に本件関税をそれぞれ納付したことは認めるが、その余の事実は不知。

4  請求原因4、5の各事実は否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりである。

理由

一  請求原因事実のうち、原告が本件輸入許可日に本件関税をそれぞれ納付したことは、当事者間に争いがない。

二  原告は、右の納付済み関税の返還を求めるものであるが、その主張は、右関税の納付申告は原告の錯誤に基づくものであり、その申告行為には重大かつ明白な瑕疵がある以上、原告の関税の申告及び納税は無効であることを根拠とするものである。

そして、原告は、その錯誤の内容として、本件物件が、別表の〇二・〇八項における「その他の肉及び食用のくず肉(生鮮のもの及び冷蔵し又は冷凍したものに限る。)」に含まれるものと解釈されるべきところ、誤って〇二・〇七項の「肉及び食用のくず肉で、第〇一・〇五項の家きんのもの(生鮮のもの及び冷蔵し又は冷凍したものに限る。)」のうち、〇二・〇七・四三(一)の「あひるのもの」に含まれるとして申告したことを挙げる。そこで、本件物件が別表において定める物品のいずれに該当するかについて検討する。

三1  成立に争いのない甲第三ないし第五号証及び乙第四、第五号証、第一五号証によれば、バリケンは、分類学的にはアヒルではないが、他の家禽よりもずっとアヒルに近い行動をすること、バリケンはペルーアヒル、ブラジルアヒル、台湾アヒル、広東アヒル、麝香アヒルなどの別名でも呼ばれていること、アヒルがガンカモ科のカモ種に属する真鴨を家禽化したものであるのに対し、バリケンは同じガンカモ科の異なった属の野生のバリケン(ノバリケン)を家禽化したものであること、その肉は食用に適すること、の各事実が認められる。

2  ところで、関税定率法三条は、輸入貨物の関税税率について別表の定めるところによる旨を定めており、これを受けて、別表は、輸入される貨物の種類毎に税率を定めている。

そこで、別表を見るに、本件物件の適用区分としては、被告の主張する〇二・〇七項又は原告の主張する〇二・〇八項のいずれかが考えられるが、これらは前者が適用されなければ後者が適用されるという関係にあるため、まず、本件物件に前者の〇二・〇七項の適用があるか否かを検討する。

3(一)  〇二・〇七項は、「肉及び食用のくず肉で、第〇一・〇五項の家きんのもの(生鮮のもの及び冷蔵し又は冷凍したものに限る。)」と規定しており、〇一・〇五項は、「家きん」として、「鶏(ガルルス・ドメスティクス)、あひる、がちょう、七面鳥及びほろほろ鳥」を規定している。

そして、別表においては通則が定められており、その6は、「この表の適用に当たっては、項のうちいずれの号に物品が属するかは、号の規定及びこれに関係する号の注の規定に従い、かつ、前記の原則を準用して決定するものとし、この場合において、同一の水準にある号のみを比較することができる。この6の原則の適用上、文脈により別に解釈される場合を除くほか、関係する部又は類の注も適用する。」と規定している。〇二・〇七項及び〇一・〇五項については特段の注は規定されていないので、その解釈は右各項の文言に従ってなされることになる。

ところで、本件物件は、冷凍の胸肉であり、〇二・〇七項の「肉及び食用のくず肉」に当たることは明らかであるから、結局バリケンが、右項に列挙した「家きん」のうち「あひる」に含まれるか否かが問題となる。

(二) バリケンが「あひる」に含まれるかについては、同項及び同項の注においては明文の規定がない。そこで、同項の「あひる」の意義が問題となるが、これは同表の制定趣旨に照らした合理的解釈に基づいて判断されねばならない。そして、関税法が、海外からの輸入品と競合する国内産業の保護を目的として輸入品に関税を課しており、これは、本件では、国内の家禽飼育業者の保護を目的とする課税であることを考えると、「あひる」の範囲についても、家禽業者の保護という右立法趣旨を踏まえて解釈されねばならない。

この点について検討するに、まず、「家きん」とは、家で飼う鳥の総称で、特に肉・卵を取る目的で飼うものをいうが、成立に争いのない乙第二号証によれば、バリケンは家禽化されたダックの一つとして社会的に認識されていることが認められ、このことからするとバリケンが「家きん」に含まれることを推認できる。

そして、前掲乙第一五号証によれば、フランスにおいてバリケンの肉は、あひるの肉の中でも脂肪が少なく、肉色が赤く、肉量も多いといわれる肉質から好まれ、フランス料理においてよく用いられていることが認められる。

これらのことからすると、バリケンの肉の無制限の輸入は、国内家禽飼育業者の経営を圧迫する恐れがあり、国内家禽飼育業者の保護のための課税という関税定率法及び別表の〇二・〇七項の趣旨に照らすと、同肉の無制限の輸入は認めるべきではないと解される。

(三) また、別表は、「商品の名称及び分類についての統一システムに関する国際条約」(以下「HS条約」という。)に基づき制定されているので、別表の解釈に当たっては右条約の制定趣旨も考慮しなければならない。

ところで、右条約は、その前文において、種々の国際貿易関係者の使用に適する関税及び統計に関する統合された品目表により、国際貿易に関する統計の収集、比較及び分析を容易にすることを制定の目的の一つとすることを規定している。そのため、締約国は自国の関税率表における品目表及び統計品目表を統一システムに適合させることを義務づけられており(同条約三条一項)、これを受けて制定された関税定率法の別表は、HS条約の趣旨に従い、統一システムの統一的な解釈及び適用を確保するように解釈される必要がある。

このことからすると、本件において別表〇二・〇七項の「あひる」の範囲を決するについては、条約の締結国の共通の認識基盤に照らし、国際貿易における統一システムの統一的な解釈及び適用を確保する見地から検討されることが必要である。

この点について検討するに、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一二号証によれば、米国における関税率表の適用において、バリケンの肉は、〇一・〇五項の「家きん」の肉として関税率表〇二・〇七項に分類されるのが適当であると解釈されていることが認められ、また、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一三号証によれば、EECにおいても、バリケンの肉は関税率表の〇二・〇七項に分類されていることが認められる。これらの事実に、別表は前記のようなHS条約の制定趣旨を踏まえて解釈されるべきであることを併せて考慮すると、バリケンの肉の日本国内への輸入については、米国及びEECでの取り扱いと同様に、別表の〇二・〇七項の「あひる」にバリケンが含まれるものとして解釈することが相当である。

(四)  ところで、原告は、バリケンがノバリケンを原種とするガンカモ科の鳥であり、他方、あひるは、マガモを原種とするガンカモ科の鳥であり、両者は鳥類学的には別種のものであることから、関税定率法の適用上も、バリケンをあひるに含めるべきではないと主張する。

確かに、鳥類学上の分類ではバリケンとあひるは別種であるが、そのことから直ちに関税定率法及びその別表の適用において、異なる取り扱いをしなければならないものではない。

別表においては、課税対象物の一般名称を列挙するとともに、学名を併記しているものがあるが、これは、一般名称のみではその物の特定が困難であり、生物学上の種又は属等を特定する必要がある物の場合に採られている措置であると解される。したがって、その反対解釈として、別表において学名の併記がない場合には、生物学上の種又は属等が異なる物も含め、前述のHS条約の趣旨である国際貿易における統一システムの統一的な解釈及び適用を確保する見地に照らして解釈すべきことになる。

本件で問題とされている別表の〇二・〇七項の「あひる」については、学名の併記はなされていない。そして、他方、同項で列挙されている「鶏」には、「ガルルス・ドメスティクス」という学名が併記されている。

これらの事実に照らすと、同項の「あひる」は、生物学上の種又は属等にこだわらず、むしろ前記HS条約の趣旨に照らして、その範囲を決するべきであると解される。

そして、成立に争いのない乙第九、第一〇号証によれば、原告自身も本件物件の輸入に際して、本件物件について「冷凍あひる肉(マスコビーダック)」と記入した申告書を用いて、関税の手続を進めている事実が認められ、このことからすれば、原告においても、国際貿易における取引上、本件物件が「あひる」として認識されていることは十分に知って通関手続をしたものと推認される。また、前述したとおり、国際貿易において本件物件は、「家きん」のうちの「あひる」として関税の課税がなされているのである。これらの事実に照らすと、日本での関税の課税についても国際貿易の場における本件物件の取り扱いと同様に、「あひる」として取り扱うことが相当である。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

4 以上のとおりであるから、別表における「あひる」にはバリケンが含まれるものと解釈するのが相当であり、原告の主張する関税の申告行為についての錯誤は、その前提を欠き、理由がない。

四  よって、原告の被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官渡邉安一 裁判官溝口稚佳子)

別紙〈省略〉

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